(跪き眼を閉じる貴方を包むそれは喪服のようで、俺は今日貴方にモノクロを纏わせるためにそれを着てきたんじゃないかと思った)



祈る金曜の午後






『―――…まもなく、秋葉原ー、秋葉原ー』




「…絶対ここの人混みは異常だ。量的にも質的にもおかしい。なんかいろんな意味で人種違う」

 ぶつぶつ
 さっ

「金髪のご主人様ぁ、アンナがお部屋でお待ちしておりますぅー!」
「ああ、どうも…っていいいいいやいや俺ご主人様とかじゃありませんから! チラシもいりませんから!」
「あっ、」

 だだだだだ…


「…っはぁ、はぁ、はぁ、……うぅ、俺ここ無理…、ホントに義兄どこ―――」

 ぽん

「あんなんで赤くなっちゃって可愛いなー、ご主人様」
「っ義兄! どこ行ってたんですか、俺いろいろ探―――」

 ぶば

「どうした間切」
「ちょ、あんた、それ…っ!!」
「ん? ああ、この服? カモフラ」
「全力で普段より目立ってますよ!! なんでTシャツでその上がチェックでリュック背負ってバンダナ巻いてグローブ嵌めてんですかー!!!!」
「え、頑張ってAボーイ目指してみたんだけど。猫耳メイドとかのが良かった?」
「違うわアァァァ!!!! 想像させんな!!」
「落ち着けってマギ、だいたいお前もなんでわざわざモード系なんだよ。お前金髪だしすげぇ目立ってんじゃねえか」
「着たくて着てるんじゃないです、これ制服なんですよ」
「制服かー、どこの店?」
「学 校 で す !! つーか俺のことより義兄のが問題ですよ、悪目立ちしすぎ」
「そうかなー、結構チョイスとか完璧だと思うんだけど。やっぱアニメキャラのハンカチとかあったほう良かったか」
「そういう問題じゃねえよ!! あーもう、ホントあんたこういう時こそ自分の見た目自覚して下さい、絶対アキバ系にはなれませんから!! どうしてもやりたきゃ睫切ってニキビ作って脂肪増やすか筋肉落として身長減らして脚半分くらい短くして鼻削れ!!」
「いや実際そこまでやったら俺アキバ系どころか故人にジョブチェンジしちゃうから」
「つまり不可能ってことでしょうが。今の状況だとオタクの主人公を演る俳優が映画の撮影のために衣装着てヘアとメイク前に飛び出してきちゃったみたいになってますよ」
「えー、じゃああのメイドさんたちがサインもらいに来たのってそういう勘違いしてたのか」
「来たのかよ!! ああもう、既に突っ込み切れませんって義兄…とにかくそれなんとかしましょうよ。だいたいアキバ系目指してみたって、それ的なジーンズ穿いてもアンタ脚つんつるてんじゃないですか」
「だってこれ以上長いの無かったんだもん」
「もんとか言うな。…いろいろ考えたのは分かりますけど、別に普通に普段の格好で―――いや駄目だこの人の場合目立ち具合はあんまり変わんねえ」
「どうしろってんだよ」
「……とりあえず、…交換とか、します?」
「…俺この歳で制服着るの?」
「いや、まだ義兄はそっちの方がマシかなって…」
「つーかお前がこのアキバ系ファッションいくわけ?」
「いや、まだ俺が穿いた方がそのジーンズ丈合うかなって…つーか言わせんな悲しくなるから!! 分かってるよアンタより脚短いって!!」
「自分で振ってキレんなよ」

 すー はー

「…まあ、そうですよね義兄が普通じゃないだけですよね」
「頼むから『脚』を省略しないで欲しい」




「―――で、まあ取り替えっこしたわけだけど」
「まだアンタ脚ちょっと見えてますね…」
「や、でもさっきよりマシ。つーかお前何そのさりげない着こなし具合? 全然Aボーイじゃないじゃん」
「いや、俺は別にAボーイとかなりたくなかったんで」
「バンダナは額だろー、首に巻くなよー」
「俺は別にAボーイとかなりたくなかったんで」
「ジーンズ膝破んなよー、裾もダメージにすんなよー」
「俺は別にAボーイとかなりたくなかったんで」
「リュック畳むなよー、チェックのシャツ着ろよー」
「俺は別にAボーイとか、っつーかいつまで言わせんですか。アンタこそジャケット着て下さいよ、皺になるじゃないですか」
「肩幅が合わなかった」
「………どうせね、どうせ」
「いやいや拗ねんな、歳考えたらある意味当然だろ」
「…それ差し引いても義兄のスタイルは異常です。つーかこのジーンズ裾まつってありましたよ、下ろせばまだマシだったんじゃないですか」
「いや、それさっきアメ横の古着屋で買ったから。気付かなかったわ」
「…もしかして上野からさっきの格好で来たんですか、うわもうホント勘弁して下さい」
「もう着替えたんだからいいじゃん」
「今は完璧ホストですけどね。生息地間違えてますよ、新宿に帰るべきです」
「さっきのお前も同じようなモンだったぞ」
「…うちの制服絶対おかしいよなー…」
「まあお前似合ってるから良いんじゃね?」
「………こういうことをさらっと言うからタチ悪ィんだよこの人…」
「ん?」
「なんでもないッスよ!!」
「何怒ってんだよ」
「なんでもないっつってんでしょ、つーかもう行きましょうよ」
「おう。花は持ってきたか?」
「はい、一応…あんま金無いんで小さいですけど」
「十分だろ」
「しかし義兄も物好きですよね。なんの縁も無いのに、花手向けにわざわざ有給取って秋葉原まで来るなんて」
「はは、その物好きに貴重な休み潰した上少ない小遣いはたいて付き合うお前も十分物好きだよ」
「別に、…暇だったんで」

「ありがとうな」

「…え」
「お前のそういうところ、俺すげぇ好き」
「……っ、な、何適当なこと言ってんですか」
「適当ってなんだよー。ホントだぜ、お前のそういうところ、俺すげぇ好き。大事なことなので二回言いました」
「うああそういう局地的発言やめて下さいって」
「アキバなんだから無問題無問題」
「義兄はなんかさりげなく秋葉原を誤解してる気がします」
「誤解っつーかそれが文化だと解釈してんの。ほら行くぞ」
「はいはい」




「やっぱ秋葉原はすげぇな、コスプレっつーの? なんでああいう格好で歩くのかな」
「それをやっても良い場所だって認識されてんじゃないでしょうかね。つーか私服もとい俺の制服なんて着てるくせにコスプレイヤーより目立つアンタがすげぇよ」
「何がいけないのかねー」
「全部」
「俺全否定!?」
「正確には見た目全部。天パですよね? それも目立つし。よく見たら高見沢さんみたいかも」
「俺そんな歳いってない!! つーか髪だけじゃん!!」
「まあ一番の原因は、あんなところで花供えたあと30分も手ェ合わせてたことでしょうけど。ホント変わった人ですね」
「俺はその30分間、何も言わずにじっと待ってたお前の方がよっぽど変わってると思うよ」
「……………」
「照れるな黙るな、俺は嬉しかった。やっぱりお前のそういうところ、俺すげぇ好きだよ」
「……三回もいうな」
「大事なことなのでー、ってな。さて、んじゃこれからどっか行くか? 好きなモン食わしてやるよ、ビンボー学生」
「貧乏で悪かったですね」
「悪かないさ、学生は苦労してなんぼだ。つーか今日は俺のせいで更に貧乏にさせちまったんだし、何でもリクエストにお応えしようじゃないかと。なんか食いたいモンとか行きたい場所とか欲しいモンとか言って」
「ンなアバウトな…とりあえずまず着替えましょうよ」
「なるほど、服か」
「―――…っいや、欲しいとかそういうんじゃなくて!!」
「気にすんなって、えーとこっからだと銀座が近いよな」
「ちょっ、…銀座で服ゥ!?」
「あー、あんま行かないか? んーじゃあ原宿? 表参道とかラフォーレあたり」
「っだから欲しいとかじゃありませんって、しかもラフォーレとか高くてほとんど行ったことないし。原宿ならせいぜい竹下通りくらいですよ」
「…お前かわいいなぁ」
「うっせーな!!」
「よーし、それじゃおにーさんが間切くんに表参道でお洋服を買ってあげよー!」
「だから買って欲しいとかじゃないっつってんでしょうっつーか今から原宿行くんですか!?」
「総武線から山手に乗り換えれば20分くらいで着くだろ。今日車じゃないし」
「や、じゃなくて、…この格好で…?」
「なんかまずいか」

 ちら

「……………いえ」
「なにその物言いたげな間」
「別に、…義兄がそれでいいんなら…」
「あ、制服? そうだな、借りっぱなしじゃアレだしまた取り替えてから行くか」
「違エェェェ!!!!!! てかアンタにこれ渡したらまたAボーイもどきで着ようとすんだろ!! 却下却下!!」
「何が言いたいんだかよく分からん。…とりあえず服買いに行くぞー、それから夕飯」
「もう、アホだこの人…欲しいとかじゃないって言ってるでしょう」
「違ぇよ、俺がそうしたいの。俺に何かしてもらうなんざ絶対嫌だとかじゃないなら、素直に奢られといて」
「…まったくもう、結局アンタのしたいことなんじゃないですか」
「ふふ、大人しくなったな。んじゃ行くか」
「………。―――…なんで義兄、そんなに楽しそうなんですか?」
「へ?」
「…今回だって、誘われたけど、義兄別に俺に無理強いしたわけじゃないし。なのに、そんな、欲しいモンとか」
「マギ?」
「だいたい、なんで俺に声かけたんですか。それとも、みんな誘ったけど来たのが俺一人だったんですか」
「……えっと、…嫌だったか?」
「違います、そうじゃなくて、…俺」
「うん」

「…俺、別に、見返りに何か欲しくて、今日付き合ったんじゃ…ないです」

「―――うん。それは、知ってる」
「じゃあ、」
「誘ったのはお前だけだ。断られたら、一人で来ようと思ってた」
「……」
「なんかさ、間切なら、きっと付き合ってくれそうな気がした。なんとなくな」
「………」
「さっきだって、俺お前ほっぽってずっと手ぇ合わせてたけど、怒ったり急かしたりしないでずっと待っててくれたろ。やっぱり、お前に声かけて良かったなーって。なんて言ったらいいのか分からんけど、かなり、嬉しかったんだよ」
「………」
「だからなんつーか、俺に出来る範囲で、その嬉しかった気持ちを表せたら、返せたらって思ったんだけどさ。…気ィ悪くさせたならごめんな」
「……違います、…俺こそ、いきなりワケ分かんないこと言って」
「お前が喜んでくれることとか、考えつかなくてさ。…やっぱ歳取るとダメだな、ナウでヤングな心を忘れちゃうわー」
「―――…義兄、」
「ん?」

 すぅ

「………やっぱ、服、買って下さい。銀座で」
「…マギ」
「義兄が選んで下さい。それから、夕飯、食べましょう。一緒に」
「…ああ」
「でも俺、うるさいとことか、煙草とか嫌いなんです。だから、」
「うん」

「…義兄のうちに行きたいです」

「……間切」
「義兄の作った夕飯が食べたいです。…そしたら、俺、今日付き合ったお礼ってことで受け取れます」
「―――…そっか」
「ダメですか」
「んな訳ないだろ、…ありがとうな。」
「…はい」
「よし、んじゃ久々に腕振るうか! マギがうちに来ることだし…ヤベ、片付けてたっけ」
「別に散らかってたって構いませんけど」
「まあ確かなんとかなってるはずだ恐らく。お前明日休み? 用事とかは?」
「え? あ、はい、土日は何も」
「じゃあ泊まってけ」
「………………はァ?」

 ぴぽぱ

「―――あ、もしもし? お久しぶりです、義丸ですー。お元気そうで…はい、こっちもお陰様で。それでですね、今日そちらの間切くんと出掛けてたんですが、良かったら今晩うちに泊まってもらえないかと……あ、良かった、ありがとうございます。いえそんな、お気遣いなくー。…はい、それじゃ俺も近いうちに伺いますね。はい、失礼します」

 ぴっ

「『義さんにご迷惑かけないようにね』だってさ」
「行動早っ!!」
「うし、行くぞ」
「ったくもう…」
「あ、それは嫌だとか? なら今からまた電話出来―――」
「んな訳ないでしょっ!! ありがとうございますっ!!」

 ずかずか

「……やっぱ怒ってんのか?」
「別にそんなことありませんから」
「ツンデレ?」
「違エェェェ!!!! いい加減Aボーイ脱出しろ!!」
「へいへい、んじゃ、脱出しに出発するとしますか。メニューのリクエスト考えとけよ」
「…魚が食べたいです」
「魚ね、了解」
「楽しみにしてますよ」
「期待してろ、鬼さんほどじゃないけど」
「…そういうこと言うな」
「いて」






(跪き眼を閉じる貴方を包むそれは喪服のようで、俺は今日貴方にモノクロを纏わせるためにそれを着てきたんじゃないかと思った)

(どうして貴方が今日ここに来たのか俺は何も知らないけれど、)
(どうして俺が今日ここに来たのか貴方はきっと知らないけれど、)



(貴方が誰よりも優しいことを俺だけが知っていれば、それで良いと思った。)









 秋葉原事件の被害者の皆様のご冥福を心よりお祈り致します。

 うちの義兄は二枚目のくせに三枚目になろうとする人です。でも間切は義兄が見た目も中身もかっこいいって知ってるから、それが歯がゆくて仕方ない。だからこそボケる義兄に容赦なく突っ込むし、ちょっとやりすぎじゃないかと周囲に心配されるくらいにどつきます。
 義兄はそんな弟分の気持ちを知ってるので、分かっててボケ倒すか、困ったような笑顔を浮かべて何も言わない。間切はそれが更に悔しくて、の無限ループ。
 …うん、夢見過ぎだって分かってるんですが、うちは大体こんな感じです。
 パラレルなのでこの時点も何も無いですが、とりあえずこの会話の時点では義丸←間切な感じ。義兄はほとんど気付いてません。このあと義兄のうちに行って飲んだりして酔っ払ったマギがうっかり口を滑らせることは有り得る。義兄の反応は想像つかん(言い逃げ)
 鬼義鬼はどうなるのか…

 元は夢なので夢日記の方に上げようかと思ったんですが、夢の中では二人が秋葉原のタバスコ屋の前で待ち合わせしてて、Aボーイスタイルな義兄に間切が突っ込みまくるくらいだったのでこちらへ。小説でもなんでもなくてすみません。アキバのあの事件は夢に出るくらい私に影響を及ぼしたようです。
 現代の東京モンな二人のイメージで…でもあの年頃のオサレな東京の男の子がどんなとこ行くのかとか正直分からんので見当違いなこと言ってるやもしれぬ。