「そう、『なんでもないよ』…と!」
「…………で?」
「やはり心優しい雷蔵は私とかその他諸々の輩に心配をかけまいとそのような返答をしたに違いないと睨む」
「そこからなんで俺が脅されないといけないんですか」
「今日は図書委員があっただろ」
「…ああ、そこでなんかあったと。でもどうして俺なんですか」
「いや、君だけというわけでは無く」
「……もしかして、ろ組の怪士丸……」
「まあ一応」
「泣いてませんでしたか?」
「泣きながら訳も分からず謝り倒している風だったので恐らく無罪だ」
「………。中在家先輩は?」
「さすがにやめておいた」
「鉢屋先輩でも六年生は怖いんですねー」
「怖いというか、あの人が何かするとは思えんのでな」
「…まあ、そうですが。その前になんで毎回毎回雷蔵先輩の言ったことを額面通りに受け取れないのか不思議です」
「雷蔵はとても優しい。ついでに可愛い。なんていうか春に早咲きしてツクシを見守るスギナのように」
「…それは知ってますけど例えがスゲェ意味分かりません」
「アレだ、…髪とか。スギナは密集してスゴいことになるし」
「…成程、多分分かりました」
「まあそして、それこそ他己中心的とすら言える性格だ」
「それが利点かどうか分かりませんが一応事実ですね」
「故にあいつはなんでもないよとか言っておきながら実はなんでもあったりすることがままあるのだ、きり丸くん」
「あ、なんか説得力ある」
「というわけで言い残すことはあるか?」
「いきなり冒頭に戻らないで下さい!」
「変わった遺言だな」
「違いますからクナイを進めないで下さんぎゃー!!」
…がらり
「───鉢屋くん、幼気な一年生を暗器で脅すのは感心しないな」
「……土井先生」
「ぜんぜぇー!!」
「よしよし、分かったから泣くなホラ」
ずびー
「それで、鉢屋くん。……どういうことかな」
「疑わしきを問いただしていただけです」
「また きり丸が何かやらかしたのかい」
「またって先生…俺なんもしてませんよー!」
「事情は?」
「実は斯々然々で」
「───成程なぁ」
「お約束とは知ってますけどよく分かりますね…」
「洞察力は教師の必須技能だよ。特には組の担任ならな」
「あ、視線がイタイ」
「しかし君も懲りないというか飽きないというか学ばないというか…」
「一途と言って下さい」
「別にいいが少々盲目的だな。あまり他の子をいじめるなよ」
「ですから疑わしきを問い正しているだけです」
「ふむ。───鉢屋くん」
「なんですか」
「私は雷蔵くんが落ち込んでいた原因を知っているのだが」
「………なんですって?」
「私は雷蔵くんに元気が無かった理由を知っているんだよ、鉢屋くん。だから、今後下級生にこういうことをしないと約束するなら、特別に解決策を教え───」
「絶対にもうしませんので教えて下さい」
「うっわ変わり身早ぇー…」
「よろしい。では、長屋へ帰りなさい」
「…解決策を教えて下さるとのお言葉でしたが?」
「だから、これが解決策だよ。雷蔵くんは、君を待っている」
「………。…分かりました、では失礼します」
たっ
「───納得はしていないが一応…といった感じだな。まあ、行けば分かるさ」
「土井先生、なんで先生が雷蔵先輩の様子を知ってるんですか?」
「実は鉢屋くんが部屋からいなくなってからさっきまで、雷蔵くんは私と一緒にいたんだよ」
「…なんでですか?」
「そう怖い顔をするな。今はまだ雷蔵くんのために詳しく言えないが、早く仕事を片付けて校庭に出てみなさい。空を見ていればきっと答えが分かる」
「はあ…でもこんなん終わりませんよ」
「そうだな…、…では私も手伝うよ。今日だけだぞ」
「それはありがたいですけど、そんなにその『答え』って見せたいモノなんスか?」
「ああ、まあな」
:::*:::*:::*:::
がらっ
「───雷蔵?」
「あ、三郎! 良かった、待ってたんだよ! もう暗くなっちゃったから」
「…本当だったのか」
「え? 知ってたの?」
「いや、今土井先生から『雷蔵が待っているから長屋に帰れ』と言われたので半信半疑ながら来てみたんだ」
「…あ、それだけか。良かったー…」
「何?」
「ううん。ねえ三郎、このあと何か用事あるかい?」
「お前のためならば他の用事なぞ全て後回しだ」
「えーとそれは要するに…あるの?」
「いや、今日は珍しく何もないが」
「最初からそう言えよ…」
「それはいいが、何か用事か?」
「あ、そうなんだ。ちょっと火薬演習場まで付き合ってよ」
「構わないが、あんなところまで何をしに行くんだ?」
「すぐ分かるから、早く行こう!」
「…分かった」
「さて、ということで来てみたわけだが」
「何その説明口調」
「お前がなんだかごそごそやってるので手持ち無沙汰なんだ」
「大丈夫だよ、許可貰ってあるから。それにもし何かあっても三郎ならなんとかしてくれるだろ」
「頼られているのはこの上無く嬉しいが、私とて全ての事態に対応出来るわけではないぞ」
「お、謙虚」
「実力を過信してお前に何かあったら全て無意味だ」
「…だからなんでそこに僕が出てくるんだよもう」
「あまり言うとお前が嫌がるので控えていたのだが口にしてもいいか?」
「───よし、出来た」
「無視か。…どこまで行っても先走るな、私は…。…まあ良いが、なんだそれは。大筒?」
「…違うよ」
「───何?」
「三郎、空を見上げてて」
「空?」
「一瞬だから、見逃さないでね」
「あ、ああ…」
「じゃあ、いくよ」
かち、かちん
…ぼっ
しうううう───
「…上手くいってくれ…」
しうううう───
…ぱち、ぱちぱちぱち…
「もう少し…!」
ばちばちばち
…ひゅるるるるるる───
「………!」
「っ、やった!」
───どおおおおんっ……
「……打ち上げ花火か……」
「ああ! なあ、どうだった、三郎?」
「…見事だ。夜闇に大輪の華を咲かせた、美しい花火だった」
「あはは、詩人だなー。…気に入ったなら良かったよ」
「どこで手に入れたんだ?」
「…僕が作ったんだよ」
「…何だって?」
「あの花火、僕が作ったんだ」
「雷蔵が……」
「うん、土井先生に頼み込んで教えてもらってね。ずっと上手くいかなくて、すごく苦労したんだ」
「もしかして、落ち込んでいたのはそのせいか?」
「あれ、気付いてたか」
「そうか…。しかし、いきなり何故そんなことを?」
「───三郎は、何やらせても僕より出来るじゃないか」
「は?」
「だから、僕がしてあげられることってなんだろうって、ずっと考えててさ。…思い付いたのが、これなんだ。まあちょっと季節外れだけどさ。三郎が何でも出来るったって、さすがにこんなことやったことは無いんじゃないかと……ってもしかして、経験アリ?」
「───いや、無い。というか、間近で見るのも初めてだ」
「そっかー! 苦労した甲斐があったよ」
「…で、唐突に花火を見せてくれた理由はそれなのか?」
「何言ってるんだよ三郎、今日は君の誕生日じゃないか。まさか忘れてたとか言わないよね?」
「───え?」
「あ、やっぱり」
「………ちょっと待て、なんで雷蔵がそれを知ってるんだ?」
「はあ? 去年の暮れあたりに聞いたら教えてくれたじゃないか」
「……私が、教えたのか………」
「何びっくりしてるんだよ、もしかして嘘だったのか?」
「いや、本当だ。確かに、今日なんだが───」
「どうしたんだよ」
「……私が、自分の情報を洩らすとは…それほどにまでお前を好いているのかと、…自分に驚いたんだ」
「───っ…!!」
「あー怒るな! すまん!」
「……違うって、怒ってる訳じゃないよ」
「しかし、いつもは───」
「公の前でそういうこと言えばそりゃね」
「だから最近は控えて…」
「───だからって、二人の時まで控えなくたっていいじゃないか」
「───………。………もう一回、雷蔵」
「やだよ、そう何度も言えるか」
「頼むって! もう一回!!」
「いーやーだー!」
「もう一回言ってくれ! いつも私の気持ちばかりが先行してるんだから、たまにはお前の心中も聞かせろよ!」
「だから、…『違うよ』って言ったじゃないか!」
「───は?」
『無視か。…どこまで行っても先走るな、私は…。…まあ良いが、なんだそれは。大筒?』
『…違うよ』
「───…ああ!」
「無視なんてしてない! 三郎が先走ってるわけでも無い、僕だって同じだ!」
「雷蔵…」
「ただ、みんなの前であんまり言われると、…幾ら嬉しくたって、それ以上に恥ずかしいだろ。でもだからって、僕たちしかいない時にさえ何も言わなくなることはないじゃないか───」
「あーもーこのアホーっ!!」
むぎゅうううう
「うわちょっ、三郎!」
「嬉しいとか嬉しいとか嬉しいとか! ホンットにいきなり何を言い出すんだよお前、私を殺す気か!! 幸せ過ぎて死にそうだよ!!」
「さ、三郎お前キャラ変わってるぞ!」
「いいさ変わったって! これが夢じゃないならこの先ずっとハイテンションなキレキャラになって生きても構わん!」
「それはそれでやめてくれ変だ! 夢じゃないから離してよ!」
「離したらいきなりうそぴょーんとか言わないよな!?」
「言うかー!! 錯乱しすぎだよ三郎!!」
「───とりあえず、離してみたヨ☆」
「ヨ☆じゃないって…」
「いや、しかし、本当に嬉しかったんだ」
「…誕生日を祝うってのはさ、その人が生まれてきてくれたことを喜ぶってことだよね。僕は単に、三郎が生まれてきてくれて嬉しかったから、祝いたいと思ったんだ」
…ごふっ
「……なんだコレは…言葉攻めか? 恐ろしい破壊力だ…」
「何ソレ」
「今日一日…というかこの一時で、一生ぶんの幸運を使い果たした気がする…明日からはきっと不幸だ…」
「アホはお前だ。何のたくってんだよ、起きろって」
「でも雷蔵、これから不幸ばかりで報われなくとも、ずっと好きだぞ…」
「……ありがと。僕の言葉なんかで幸せになれるなら、また言ってあげるから」
「らーいぞーう…!!」
「だから起きろって。まだちゃんと言ってないだろ」
「え?」
こほん
「───誕生日おめでとう、三郎。…生まれてきてくれて、ありがとう。」
「………こちらこそ、ありがとう雷蔵。お前に会えて、良かった。」
:::*:::*:::*:::
…ひゅるるるるるる───
───どおおおおんっ……
「うわー、打ち上げ花火! すっげえ!」
「…雷蔵くん、成功したみたいだな」
「え、あれ雷蔵先輩が上げたんですか?」
「ああ。ちなみに、作ったのも彼だ」
「作った!?」
「そうだよ。今日は鉢屋くんの誕生日なんだそうだ。間に合わせるためにずいぶんと苦労していた」
「…ってことは、土井先生が教えてたんですね?」
「ああ」
「すっげえー! 鉢屋先輩も幸せ者ッスね!」
「そうだなあ」
「───ねぇ、先生」
「なんだ?」
「あのさ、…先生も、俺の誕生日に花火上げてくれる?」
「お前、花火嫌いじゃなかったのか? 前に『一瞬で終わっちゃうんだから、材料の値段考えると勿体ない!』とか言ってたじゃないか」
「たった今好きになりました!」
「なんじゃそりゃ」
「だから先生、作ってくれる?」
「…ああ、分かった。お前の気に入りそうなものを考えるよ」
「いやったー!」
「しかし作るのはいいが、お前誕生日いつだ?」
「春です」
「…やたら範囲が広いな」
「いや、それしか覚えてないんスよホントのところは」
「…そうか」
「ちょっとー、なに辛気くさい顔してんですかー! 自分で入学式の日って決めたんだから別にいいでしょ?」
「入学式の日?」
「俺が生まれたのが、桜の咲く季節だってことは、覚えてるんです。でもはっきりした日にちを覚える前に一人になっちゃったんで。暮らしていくのに誕生日なんてあんま意味も無いし、そのままだったんスけど…せっかくだし、今自分で決めました」
「って今決めたのか!」
「はいっ」
「…それで、どうして入学式の日にしたんだ?」
「んー…、…俺が新しく生まれた日って感じじゃないですか。忍術学園一年生になって」
「なるほど」
「…あと、───土井先生に、初めて会えた日だし」
「……そうか。」
「…へへ」
「…おいで、きり丸」
ぎゅ
「───せんせ」
「毎年、祝ってやるから。…お前の生まれた日を」
「……うん。」
「でも今年はもう過ぎてしまったから、───来年、今年のぶんを祝おう。」
「え?」
「そして再来年に、来年のぶんを祝う。…私がお前の誕生日全てを祝い終わるまで、逃げるなよ、きり丸」
「───逃げるなんて勿体ないこと、しませんよ。先生こそ逃げないで下さいね!」
「ああ、努力するよ」
「ちょっ、そこは『絶対逃げないよ』とか言うべきところでしょー!?」
「ははは、『努力するよ』」
「またそんなー!」
「───あれ、土井先生? きり丸くんも」
「雷蔵先輩! あ、やっぱり鉢屋先輩も一緒ですね」
「やあ。図書室では悪かったな」
「(スゲェ、ホントに土井先生との約束守ってるよ…)」
「?」
「見ていたよ、どうやら上手くいったようだね雷蔵くん。喜んでもらえたかい?」
「はい、とても! ありがとうございました、土井先生」
「君の頑張りがあってこそだ。火薬調合の実力も上がったと思うよ。鉢屋くんも、私がでまかせを言ったのではないと分かったかい?」
「その節はどうも…」
「ねぇ先生、俺図書室の戸締まり確認したいんでそろそろ行きません?」
「…そうか、しかし私は見回りがあるからな…」
「あ、そうかきり丸くん今日当番だったんだね。じゃあ僕が一緒に行くよ、図書委員だし。三郎はどうする?」
「ああ、私は…先に戻るよ。お前の布団も敷いておくから」
「本当? じゃあ頼むね」
「んじゃ土井先生、おやすみなさーい」
「ああ、おやすみ。気を付けて戻れよ」
「じゃあ、失礼します土井先生。三郎、後でね」
ぺこん
「…で? 何かな、鉢屋くん」
「いえ、…今日はありがとうございました」
「珍しく素直だな。嬉しかったかい?」
「嬉しかったどころか。一生ぶんの幸運を使いきった気がしています…明日から保健委員になりそうな予感がちらほら」
「…それはまた…良かったなというべきかそうでないのか…」
「まあそれはともかく。───敢えて言うことでもありませんが」
「何だい」
「土井先生は、本当にきり丸くんが大事なんですね」
「…そう見えるか?」
「先程私が図書室できり丸くんにちょっかいを出していた時の、先生の視線───」
『それで、鉢屋くん。……どういうことかな』
「…尋常じゃありませんでしたよ」
「ふむ。…私も修業が足りないようだな」
「まあ、恐らく気付いているのは私くらいでしょうが」
「他言無用だよ」
「それは心得ています。ついては私と雷蔵のこともご内密に」
「構わないが、君たちの場合は公認に近いのでは?」
「普段の姿など親友兼兄弟のようなものですから」
「…つまりは、より深い関係だと…」
「ですから他言無用と。普段からブラコンを演じている私ならば構いませんが、雷蔵に奇異の眼が向けられるのは許しかねますので」
「ブラコン……いや、分かったよ。心配するな」
「痛み入ります」
「───しかし、本当に君は雷蔵くんのためならばなんでもするんだなあ」
「…先生こそ、きり丸くんのためなら泥を被るも厭わないのでしょうに」
「そうだな。───互いに、私たちが守りたいものを持つ者である所以だ」
「…はい。彼奴を守るためならば、私は羅刹にもなりましょう」
「───私もだよ。」
鬼にも、夜叉にも、修羅にさえ。
「…月が隠れる。そろそろ長屋へ帰りなさい、布団を敷いておくんだろう?」
「ああ! っそれでは先生ありがとうございました、ではこれにて!」
しゅばっ
「…なんとまあ素早いな…。では、私も戻るか」
:::*:::*:::*:::
「…なんかすごい話聞いちゃいましたね」
「…うん」
「俺ら、大事にしてもらってるんだなー」
「………」
「雷蔵先輩、顔赤いっスよ」
「…きり丸くんも耳赤いよ」
「げ」
「あはは」
「…でも正直、俺安心しました」
「どうしてだい? 自分たちみたいなのが他にもいたってこと?」
「いや、そうじゃなくて…」
───鬼にも、夜叉にも、修羅にさえ。
「って、言ってたじゃないですか」
「うん…それが嬉しかった?」
「いえ、…いやまあ似たようなモンですけどね」
「?」
「───そう思ってたの、俺だけじゃなかったんだなって。…良かった」
「…きり丸くん」
「や、俺みたいなガキが一人でそんな思ってたら、なんかヤバめじゃないスか!」
「そんなことないさ」
「…それでも。なんつーか、…いろいろ思い詰めてたのが、俺だけじゃないって分かったんで。…あの人も、あれだけの覚悟を抱えて、俺のこと見ててくれたんだなって」
「…うん」
「───俺、先生に絶対後悔させないように、頑張るよ。…先輩は?」
「…僕も、飽きられないように努力しないと…だね」
「いや鉢屋先輩が雷蔵先輩に飽きるってのはこの上無く想像出来ないですけど…そんな後ろ向きでどうすんです! 男なら『飽きられないように』じゃなくて、『もっと好きになってもらうために』頑張るんでしょうが!」
「───…そうだよな。きり丸くんの言うとおりだ。まったく、君に教えられることが驚く程たくさんあるね」
「や、そんなことないですけど…とにかく先輩、一緒に頑張りましょう!」
「あはは、そうだね。頑張ろう!」
『───もっと好きになってもらうために、ね。』