「───もし私がいなくなったら、私を忘れなさい」
「…え?」
「私がいなくなったら、その全てを忘れなさい。私の顔を、声を、姿を、忘れなさい。私という者がかつて存在していたことを、忘れなさい」
「な、なんで!」
「嫌ですよ、そんな───」
「───はい、分かりました。忘れます」
「……きり丸……」
「っなんでそんなこと言えるんだよきり丸!」
「これは嘘なんだ! 今は『はい』しか言っちゃいけないんだぞ!」
「そりゃそうだけど───」
「嘘でも僕はやだよ! 土井先生を忘れるなんて!」
「わたしも、出来ないな…」
「ぼく忘れたくないよ、先生のこと!」
「っ俺は忘れるさ!!」
「きり丸!!」
「先生が忘れろって言うんだ、忘れる! 全部忘れる!!」
「僕は忘れられないよ、絶対!!」
「───終わりだ。みんなやめなさい」
「……先生ぇー!!」
「なんでこんなこと訓練で言うんですかー!!」
「ひどいよ先生ー!」
「そうだな、悪かったよ。最後のはみんな合格だ。私に従って忘れると言ったきり丸は訓練に合格だし、嘘でも忘れられないと言った他のみんなは譲れないものの一つが分かったのだからね」
『はいぃー…』
「ほら、泣くな。…いつか、笑って受け流せるようになってくれ」
「頑張りますぅー…」
「…………」
:::*:::*:::*:::
ぎし
「───どうした、きり丸。眠れないのか」
「……土井先生」
「ん?」
「…ちょっと…話いいですか」
「───見回りもここで終わりだ。こんな廊下では風邪を引くから、私の部屋へ行こうか」
「でも…山田先生がいるなら…」
「夕刻から学園長に頼まれて任務に発たれたから、明日の夜まで私一人だ。…聞かれたくない話なのか?」
「───まあ」
「…とりあえず、行こう。そこで聞くよ」
「……はい」
「───ほら、白湯だ。温まるから飲みなさい」
「…どうも」
…こく
「…飲みながらで構わないから、話してくれないか。どうしたんだ?」
「…………」
「……………先生、さ」
「ああ」
「…嘘だったろ」
「え?」
「今日の…授業の。虚言の術の訓練の、最後に全員でやったやつ」
「…ああ、嘘だよ。偉かったぞ、きりま───」
「違う!」
「…何?」
「俺が言ってんのは、それが嘘っぱちだってことだよ!」
「どういう───」
「先生最初に『全部嘘だ』って言ったじゃないか。…でも、ホントに全部嘘だったのかよ?」
「…………」
「先生本気で言ってたろ。『私がいなくなったら私を忘れなさい』って、本気だったろ!!」
「───……お前には、分かるか…」
「分かるさ! 俺にだってそのくらいの区別はつく! だけど、…納得は、してない」
「だが、お前はそうしてくれるんだろう? 私がいなくなったら、…私を忘れると。」
「───…せんせ。」
「…なんだい」
「……分かってんでしょ? 俺も、嘘つきだって。」
「───……ああ。…そうだなあ、お前はよく…嘘をついたなあ。」
「過ぎたことみたいに言わないで下さい。…昔のことみたいに言わないで下さい! なんか今日、先生おかしいですよ!」
「はは、そうだな…すまん」
「具合悪いんですか? 無理に練り物食い過ぎたとか? 何にしても、いきなりそんなこと言い出すなんて───何か、あったんですか?」
「違うよ。お前が気にすることは、何も無い。」
「…今日は、先生も嘘つきですね。」
「…そうだな、嘘つきだ。───なあ、嘘つきついでに、今から大きな嘘をつくから。聞いていてくれ、きり丸」
「…分かりました。じゃあ、嘘つきな先生の代わりに、俺が正直になりますから。聞かせて下さい」
「ああ、ありがとう。」
:::*:::*:::*:::
「これから言うことは、全部嘘だ。嘘つきな私の、嘘なんだ。」
「分かりました、嘘ですね。先生のつく、嘘ですね。」
「───…近いいつかに、戦が起きる。」
「…戦が」
「大きな戦だ。全てが炎に飲み込まれるかもしれないほどの」
「───……」
「その日が来たら、私は学園を離れて…いくさ忍に戻る」
「っなんで…!」
「きり丸、これは嘘だよ。嘘に『なんで』も何も無い」
「…はい。…嘘でしたね。」
「そうしたら、【土井先生】はお前たちの前からいなくなる。…そうしたら、」
私のことを、忘れなさい。
私がいなくなったら、その全てを忘れなさい。
私の顔を、声を、姿を、忘れなさい。
私という者がかつて存在していたことを、忘れなさい。
「……【土井先生】を、忘れる…?」
「お前たちもいつか戦場へ赴くだろう。そして命を奪い合うかもしれない。立ちはだかる兵士と、───敵となる忍と。」
「……まさか……」
「いくさ場の忍に躊躇いなど無い。お前たちも、躊躇うな。見知らぬ相手を前に迷ってはいけない」
「っ先生───」
「…嘘だと言ったろう。嘘と知っている嘘にまで、熱くなるな。」
「……せんせ…」
「終わりだ、きり丸。私の作り話を聞いてくれてありがとうな」
「───……っ…」
「…………」
「………ずるいですね」
「…………」
「先生はずるいですね。ホントに嘘つきだ。『嘘をつくから』って言葉が、嘘なんだもん」
「…本当さ」
「それも嘘。…でも俺は今、先生の代わりに正直者になったから。…本当のこと、言います」
「…ああ」
「───忘れないよ。」
「………」
「俺たちは忘れないよ。俺たちの前から先生がいなくなっても、【土井先生】のこと忘れない。───それから、」
「俺は【土井半助】のことも忘れない。」
「…きり丸」
「ていうかホント良い度胸だね先生、ドケチのきりちゃんに『忘れろ』なんて勿体ないこと言ってさー、無理に決まってんでしょそんなこと!」
「───ほーお、ではぬぁんで教科書の中身は覚えていられないのかなー?」
「う゛、それは言わないお約束ん♪」
「まったく…」
「へへ、……でもホントに、忘れらんないから。正直者の俺なら、そう言わないと」
「…ああ。」
───それでもこの子はいつか、私のために嘘をついてくれるだろう。
自分にとってひどく残酷な、…私のためだけの嘘を。
───それでも俺はきっと、あなたのために嘘をつくんだろう。
俺を欺いてあなたが望んだ、かなしい嘘を。
乱きりしんはともかくとして、個人訓練のに団蔵がくっついているのは要するに趣味です(爆)
ていうかぶっちゃけ他の子のを考え付かなかった…マイガ。