002:「良い度胸だね」  ───土井×きり丸+一年は組


「えー、は組のみんな。今日の授業はちょっと遊びを取り入れてみた」
「ホントですか!?」
「なんでいきなり?」
「…お前たちのテストの点数があまりに悪いので、ちょっと授業のやり方を変えてみようかと思ってな」
「土井先生ってばホント苦労してますねー」
「そう思うなら自主勉強でもしてくれ…」
「そ、それは置いといて、続きを話して下さい!」
「どんな遊びー?」
「そうだな…、簡単に言えば、ハイしか言っちゃいけないゲーム…だな」
『はい?』
「いや、今はまだいいんだって…」

「つまりだな、忍は敵に捕まってしまった時、様々な手段で味方の情報を吐かされる。だが、そこで簡単に教えてしまってはいけないだろう?」
「さ、様々な手段って…?」
「まあ、一般的には拷問とかな」
「ひえぇー!!」
「後は相手の誇りを傷付けるような言葉で挑発したり。一流の忍は任務のためなら誇りなど捨てられるが、やはり人間である限り譲れないものはあるからな。それから、嗜好が分かっていれば、好きなもので釣ったり。良い条件を出すから寝返らないかと誘うのはこれに当たるが、寝返った振りということもあるので諸刃の剣だ」
「しんべヱとか絶対引っ掛かるよね。お菓子とか貰ったら」
「ぼく言っちゃいそう…」
「俺は銭くれれば!」
「きりちゃんは文字通り仲間を売るよね…」
「それを言わんよーにこれから訓練するんだバカタレっ!!」
「どんな訓練ですか?」
「とりあえず今日は、私がみんなに対して嫌なことを言う。そしてさっきも言ったように、私の言うことに対しては『ハイ』や『そうです』など、それを肯定することしか言っちゃいかん」
「さっきの二番目に言ってた手段に対する訓練ですね!」
「さすが庄左ヱ門だな、その通りだよ。笑って受け流せるようになってくれ。ちなみに、私がお前たちをけなしたりしても、それは嘘だからな!本気で言ってると思っちゃ駄目だぞ」
「分かりました!」
「最初は一人ずつやるから、呼ばれたら廊下に出てきなさい。ではまず───乱太郎」
「はい!」



:::*:::*:::*:::



「乱太郎、お前のテストはいつもひどい点数だな」
「はい!」
「成績が悪いのは仕方ないとして、それを恥じない態度は気分の良いものではない」
「はい!」
「況してお前のうちは貧しいのに、立派な忍者になれと学園に通わせてくれているんだろう? 申し訳ないと思うだろう」
「はい!」
「……乱太郎……」
「はい!」

 すぅ

「耳栓を取れ、アホ!!」
「あ、バレました?」

 きゅぽ

「こういうところは知恵が働くんだがなあ…。お前は実戦に強いから、慢心せずに頑張れよ」
「はーい」



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「きり丸」
「はい!」
「お前は偉いよ」
「…はい」
「この年で家族を亡くして、それでも一人で生きている。並では出来ないことだ」
「そうですね」
「生活費だって自分で稼いで、頑張っているな」
「はい」
「これからも頑張れるか?」
「はい」
「じゃあ、私はこれからバイト手伝わなくていいよな」
「…へ?」
「自分で頑張れるんだろう? 私が手伝ってやるいわれは無い」
「それは駄目っす! ちゃんと手伝って貰わないと!」
「───バカタレ」

 ごん

「いってー!」
「肯定の返事しかしちゃいかんと言ったろーが!!」
「あ、嘘なんですね!?」
「最初にそう言っただろう! ったく…」
「じゃあまた手伝ってくれます!?」
「お前はそれしか言わんのか!」
「手伝ってくれますよね!?」
「はいはい分かったから!」
「よっしゃー!!」
「まったくもう…お前は今回の訓練失敗だぞ」
「すんませーん。…でも、ちょっと心配だったんですよ」
「ん?」
「先生がバイト手伝ってくれないってことは、…もう長期休みに先生のうち行っちゃいけないのかって。……嘘、なんですよね?」
「…ああ、嘘だよ。嘘に決まってる。」
「……はい」
「───だから、泣くな。きり丸」
「…………はい」



:::*:::*:::*:::



「しんべヱのうちは裕福だな」
「ハイ!」
「それは良いことだ。豊かな暮らしは、精神に余裕をもたらす。…だが今のお前は、それにあぐらをかいている状態だ」
「…ハイ」
「周囲の貧困を忘れて贅沢をし、気遣い無くそれを吹聴するのは良くないだろう。跡取りならば尚更だ」
「……ハイ…」
「忍術学園で学ぶならば、せめて意欲を見せなさい。飽食の自堕落な生活など言語道断だ」
「………ハイ」
「───ふむ、終わりだよ。すごいなしんべヱ、泣かなかったし動揺しないとは。見直したぞ!」
「…あの、先生…」
「どうした?」
「……動揺しなかったとか泣かなかったとかの前に、……先生が言ってることが難しくって分かんなかったの」

 ずるっ

「つ、次…」



:::*:::*:::*:::



「なあ、団蔵」
「はい」
「…お前は馬術が下手だよなあ」
「は、はい?」
「馬借の息子の割には、は組全員よりちょっとましな程度度じゃないか」
「そ、そうですね…」
「将来どうするのか考えてるのか。そんな実力でお父さんの後を継ぐのか?」
「…は、い…」
「跡取りがそれでは、加藤村も大変だな」
「………そ…ですね……っ…」

 …にこ

「───はい、終わりだよ団蔵。よく頑張ったな」
「……え?」
「最初に言ったろう、嘘だって。お前の馬術が下手なはずないだろう? 私より上手いくらいなんだからね」
「……っ、…うえぇー…」

 ぎゅう

「ほらほら、泣くな。お前はきっと、いい忍者にも馬借にもなれるよ。酷いことを言って悪かった」
「……はい…っ…」

 ずび

「だが、いつかこうしたことがあるかもしれない。悪意を持ってお前を罵倒する奴がいるかもしれない。その時は、この訓練を思い出して切り抜けなさい。お前なら、きっと出来るから」
「───はい!」



:::*:::*:::*:::

……

:::*:::*:::*:::



「…うん、これで個人訓練は全員終わったな」
『ふぁーい…』
「よし、では早速だが全体訓練に入る」
『えー!?』
「えーじゃない、しゃきっとせんか!!」
『は、はいっ!』

「───いいか、は組のみんな。これから言うことを、よく聞きなさい」
『はい、土井先生』
「そして、必ず従ってくれ」
『はい』

「───もし私がいなくなったら、私を忘れなさい」

「…え?」
「私がいなくなったら、その全てを忘れなさい。私の顔を、声を、姿を、忘れなさい。私という者がかつて存在していたことを、忘れなさい」
「な、なんで!」
「嫌ですよ、そんな───」

「───はい、分かりました。忘れます」

「……きり丸……」
「っなんでそんなこと言えるんだよきり丸!」
「これは嘘なんだ! 今は『はい』しか言っちゃいけないんだぞ!」
「そりゃそうだけど───」
「嘘でも僕はやだよ! 土井先生を忘れるなんて!」
「わたしも、出来ないな…」
「ぼく忘れたくないよ、先生のこと!」
「っ俺は忘れるさ!!」
「きり丸!!」
「先生が忘れろって言うんだ、忘れる! 全部忘れる!!」
「僕は忘れられないよ、絶対!!」

「───終わりだ。みんなやめなさい」

「……先生ぇー!!」
「なんでこんなこと訓練で言うんですかー!!」
「ひどいよ先生ー!」
「そうだな、悪かったよ。最後のはみんな合格だ。私に従って忘れると言ったきり丸は訓練に合格だし、嘘でも忘れられないと言った他のみんなは譲れないものの一つが分かったのだからね」
『はいぃー…』
「ほら、泣くな。…いつか、笑って受け流せるようになってくれ」
「頑張りますぅー…」
「…………」



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 ぎし

「───どうした、きり丸。眠れないのか」
「……土井先生」
「ん?」
「…ちょっと…話いいですか」
「───見回りもここで終わりだ。こんな廊下では風邪を引くから、私の部屋へ行こうか」
「でも…山田先生がいるなら…」
「夕刻から学園長に頼まれて任務に発たれたから、明日の夜まで私一人だ。…聞かれたくない話なのか?」
「───まあ」
「…とりあえず、行こう。そこで聞くよ」
「……はい」

「───ほら、白湯だ。温まるから飲みなさい」
「…どうも」

 …こく

「…飲みながらで構わないから、話してくれないか。どうしたんだ?」
「…………」

「……………先生、さ」
「ああ」
「…嘘だったろ」
「え?」
「今日の…授業の。虚言の術の訓練の、最後に全員でやったやつ」
「…ああ、嘘だよ。偉かったぞ、きりま───」
「違う!」
「…何?」
「俺が言ってんのは、それが嘘っぱちだってことだよ!」
「どういう───」
「先生最初に『全部嘘だ』って言ったじゃないか。…でも、ホントに全部嘘だったのかよ?」
「…………」

「先生本気で言ってたろ。『私がいなくなったら私を忘れなさい』って、本気だったろ!!」

「───……お前には、分かるか…」
「分かるさ! 俺にだってそのくらいの区別はつく! だけど、…納得は、してない」
「だが、お前はそうしてくれるんだろう? 私がいなくなったら、…私を忘れると。」
「───…せんせ。」
「…なんだい」

「……分かってんでしょ? 俺も、嘘つきだって。」

「───……ああ。…そうだなあ、お前はよく…嘘をついたなあ。」
「過ぎたことみたいに言わないで下さい。…昔のことみたいに言わないで下さい! なんか今日、先生おかしいですよ!」
「はは、そうだな…すまん」
「具合悪いんですか? 無理に練り物食い過ぎたとか? 何にしても、いきなりそんなこと言い出すなんて───何か、あったんですか?」

「違うよ。お前が気にすることは、何も無い。」

「…今日は、先生も嘘つきですね。」
「…そうだな、嘘つきだ。───なあ、嘘つきついでに、今から大きな嘘をつくから。聞いていてくれ、きり丸」
「…分かりました。じゃあ、嘘つきな先生の代わりに、俺が正直になりますから。聞かせて下さい」
「ああ、ありがとう。」


:::*:::*:::*:::


「これから言うことは、全部嘘だ。嘘つきな私の、嘘なんだ。」
「分かりました、嘘ですね。先生のつく、嘘ですね。」

「───…近いいつかに、戦が起きる。」

「…戦が」
「大きな戦だ。全てが炎に飲み込まれるかもしれないほどの」
「───……」
「その日が来たら、私は学園を離れて…いくさ忍に戻る」
「っなんで…!」
「きり丸、これは嘘だよ。嘘に『なんで』も何も無い」
「…はい。…嘘でしたね。」
「そうしたら、【土井先生】はお前たちの前からいなくなる。…そうしたら、」

 私のことを、忘れなさい。
 私がいなくなったら、その全てを忘れなさい。
 私の顔を、声を、姿を、忘れなさい。
 私という者がかつて存在していたことを、忘れなさい。

「……【土井先生】を、忘れる…?」
「お前たちもいつか戦場へ赴くだろう。そして命を奪い合うかもしれない。立ちはだかる兵士と、───敵となる忍と。」
「……まさか……」
「いくさ場の忍に躊躇いなど無い。お前たちも、躊躇うな。見知らぬ相手を前に迷ってはいけない」
「っ先生───」

「…嘘だと言ったろう。嘘と知っている嘘にまで、熱くなるな。」

「……せんせ…」
「終わりだ、きり丸。私の作り話を聞いてくれてありがとうな」
「───……っ…」
「…………」
「………ずるいですね」
「…………」
「先生はずるいですね。ホントに嘘つきだ。『嘘をつくから』って言葉が、嘘なんだもん」
「…本当さ」
「それも嘘。…でも俺は今、先生の代わりに正直者になったから。…本当のこと、言います」
「…ああ」

「───忘れないよ。」

「………」
「俺たちは忘れないよ。俺たちの前から先生がいなくなっても、【土井先生】のこと忘れない。───それから、」



「俺は【土井半助】のことも忘れない。」



「…きり丸」
「ていうかホント良い度胸だね先生、ドケチのきりちゃんに『忘れろ』なんて勿体ないこと言ってさー、無理に決まってんでしょそんなこと!」
「───ほーお、ではぬぁんで教科書の中身は覚えていられないのかなー?」
「う゛、それは言わないお約束ん♪」
「まったく…」
「へへ、……でもホントに、忘れらんないから。正直者の俺なら、そう言わないと」
「…ああ。」




 ───それでもこの子はいつか、私のために嘘をついてくれるだろう。
 自分にとってひどく残酷な、…私のためだけの嘘を。


 ───それでも俺はきっと、あなたのために嘘をつくんだろう。
 俺を欺いてあなたが望んだ、かなしい嘘を。







言いたいことが伝わったか心配ですが…
昔の因縁で、大戦が始まったらいくさ場に戻ると決まっている土井先生。
もしも生徒たちと戦場で敵対してしまったら、やさしい子供たちはきっと自分を殺せないだろうから、どうか自分を忘れて欲しい。相対しても分からないくらい、屠ったとしても気付かないくらいに忘れて欲しい。
っていう夢のような願い事をしてみた半助さんときり丸の話です。
土井先生のみならず学園の先生方の多くは、元いくさ忍だったんじゃないかと思います。


乱きりしんはともかくとして、個人訓練のに団蔵がくっついているのは要するに趣味です(爆)
ていうかぶっちゃけ他の子のを考え付かなかった…マイガ。