海にて  ───伊コマ(?)三木滝(?)


「お願いします、将来後を継ぐためにも皆さんの仕事ぶりを見学したいんです!」

 なんだか水族館の受付らしき場所で、背後にどこぞの組員とおぼしき強そうな兄ちゃんたちを控えさせた小松田くんが、そこの支配人らしき人物にそんなようなことを必死で頼み込んでいました。さっきまで『さっき押し売りの販売員がうちに上がり込んで冷蔵庫の氷皿に溶けたチョコレートぶっかけていったんです』と怒っていたのですが。
 とにかく支配人は了承したようで、小松田くんたちを上に連れていきます。だだっ広いそこは、これまたとんでもなく巨大なガラス越しに下の景色が展望出来るようになっており、その眼下には海が広がっていました。小松田くんの周りにも客らしき人影がちらほら見え、皆外の海を見ているようです。
 小松田くんは他の客と同じようにガラス越しに海に視線を向けましたが、荒れ気味のその波間には、兵庫水軍の若手メンバーが数名で小舟を出していました。しかし若手が数名の割には、やたら見える人数が多いような気がします。
 もっとよく見ようと海上に目を凝らしたその時、突然大きな波が湧き上がり、船を出していた水軍の皆を飲み込もうとしたのです。

「───間切さんっ!!」

 小松田くん、間切ピンポイントで心配。
 海上をよく見てみると、さっきやたら若手の人数が多いと思ったのは、間切が何人もいたからでした。

 それでもさすがは水軍、大波を上手く捌いて受け流しました。しかしその波がきっかけとなったかのように、海はどんどん大荒れとなっていったのです。

 小松田くんのいる場所は建物の最上階で、一階から見ればかなりの高さがありました。そして最上階の海に向かって右手にはなんと壁が無く、外の空間と繋がっていたのです。床の際から下を覗いてみれば、下の階はちゃんと壁があるのかつるつるとした絶壁が垂直に遥か下の水面へと落ち込んでおり、なんていうかもう落ちたらおしまいのような様相でした。
 海の荒れ方はどんどん激しさを増し、逆巻く波は物凄い高さから落ちていきます。
 その頃になって周囲の客たちが皆、忍術学園の生徒たちだと言うことに気付きましたが、その時。

「あれは…!!」

 一際巨大な大津波が、海の果てからやってくるのが目に入りました。  その波はもう、津波というのさえおこがましいような、この近辺の海水を全て使ったと言われても信じてしまいそうな、とにかく凄まじい質量の大波でした。
 どういう根拠か建物自体はその波がぶつかって来ても大丈夫のようでしたが、問題はこの階の右手側です。この大津波が崩れれば、明らかに海水が最上階まで到達するでしょう。
 と、そこまで考える時間すら無いままに、巨大な波は破壊的な勢いで押し寄せました。一瞬で昇ってきた大量の海水に、最上階にいた人々は為す術もなく巻き込まれます。そして来た時より緩慢にではありますが、津波は有無を言わせない力で、人々を抱き込んだままに海へ引こうとしました。
 そこに、

「早く掴まれっ!」
「───滝夜叉丸くん!?」

 絶壁を落下し始めた小松田くんの体にぐるぐると縄が巻き付いたと思うと、強い力がかかります。何事かと上を見上げれば、四年の平滝夜叉丸が床の縁ぎりぎりに片膝を着き、津波にさらわれようとしている人々に鈎縄を投げていました。小松田くんの下には、長い鈎縄に掴まったおかげで辛うじて海に引き込まれずに済んだ生徒たちが鈴成りになっています。

「あ、ありがとう…」
「っ礼は…っ、良いですがっ!」

 さすがに一人でこの人数を支えるのは無理があるのか、表情こそ冷静を装っていましたが、縄を握り込んだ滝夜叉丸の掌からは血が滲んでいました。それを見て、小松田くんは必死に床の縁へと手を伸ばします。
 小松田くんがやっとのことで床に掴まったのと、滝夜叉丸を誰かが支えたのは同時でした。

「───よくやったな、滝」
「三木ヱ門…!」

 滝夜叉丸の後ろから縄を握ったのは、同じく四年の田村三木ヱ門でした。力強く縄を引き、ぶら下がった生徒たちを危なげ無く支えます。
 三木ヱ門の手に気力を取り戻したのか、滝夜叉丸も再度足を踏ん張り鈎縄を支えました。

「小松田さん、もう少し我慢して下さい、今先生方がいらっしゃるはずです」
「大丈夫、僕だって───」

 先程床の縁に掴まったところから必死に体を持ち上げ、小松田くんはとうとう最上階へと登りきりました。たった一人にしろ重みが減ったぶん、支える側の負担は軽くなります。体に巻き付いた縄をほどいて、彼も三木ヱ門の後ろに回って縄の端を手に取り、力を込めて引きました。

 三人が崖の際で踏ん張っていると、背後から声がかかります。

「おい、そっちは大丈夫か! 何人が無事だ!?」

 どうやら、声の主は六年生の誰かのようでした。滝夜叉丸が、縄を握る手は緩めないままに叫び返します。

「こちらは全員無事です!」
「そうか、良かった! ぶら下がってる奴ら、もう少しで波が静まるから、そうしたら皆そのまま海に飛び込め! 水軍の方々が確保してくれる!」
『はい!』
「間違ってもまだ手は離すな! 今落ちたら、間違いなく死ぬぞ!」
『はい!』
「平、田村、それに小松田さん、もう少しだけ耐えてくれ」
「これしき、余裕ですよ…っ!」
「それより、そちらの被害はっ!?」

 三木ヱ門の問いに、背後の気配が一瞬だけ沈黙しました。

「…波に流された者はいたが、そいつらは無事だ」
「っでは!」
「───しかし、」

 被害は無いのですね、と続けようとした三木ヱ門の言葉を遮り、その六年生は続きを早口で言い残して、いたたまれないようにその場を駆け去りました。

「───即座に、は組の善法寺伊作が救助に飛び込んだ。おかげで流された者たちは助かったが、…伊作はそれっきりだ」

 六年生の足音が消えた後、しばしの沈黙が三人の残った最上階を満たしました。何とも言えない表情で、三木ヱ門が気遣うように後ろを振り返ります。

「…小松田さん、…っ…!」
「…え?」

 小松田くんは、眼をいっぱいに見開いて、ぼろぼろと珠のような涙をこぼしながら、それでも何故か口許は引きつった笑みを浮かべていました。
 三木ヱ門の視線に彼が目を瞬くと、眦に溜っていた涙が溢れて更に頬を濡らします。

「あ、み、見ちゃ駄目だよ」
「───何故、そんなふうに…笑っているんですか。震えているのに」
「…だから、見ちゃ駄目なんだよ。上手く笑えてないから」
「いま上手に笑う必要が、何処にあるんですか!」

 振り向かないまま、滝夜叉丸が怒鳴ります。三木ヱ門がそっと体の向きを戻すと、小松田くんの声だけが響きました。

「…前に、伊作くんに言われたんだよ。『いつか人は死ぬけれど、もし僕が貴方より先に死んだときには。僕が僕らしく終われたなら、笑って褒めて下さいね』って」
「…善法寺先輩…」
「誰かを助けて、だなんて…一番伊作くんらしいもの。だから笑って、褒めてあげないといけないのに…、………っ……」

 言葉を詰まらせ、小松田くんの声が途切れます。代わりに滝夜叉丸が、ぽつりと漏らしました。

「……善法寺先輩の、馬鹿野郎」

 背後から、先生方の声が聞こえてきました。あと少しだ、と二人に声をかけ、縄を握り直した三木ヱ門の耳に、小さな呟きが聞こえます。

「───…ごめんね、伊作くん。すごく立派だった、だけど───……今はまだ、褒めたく、ないんだ。」

 か細くも諦めていないその声は、どんなに強靭な縄よりも、強く彼の命を繋ぎとめるかのようでした。




相変わらず変な夢を見ております。夢の中でも自重しません。
ていうか私 利コマ派を公言して憚らないのですが…なんで伊コマな夢を見ているんだろうか…
前回と同様 途中私にも意味不明なナレーションがたまに入ってますが、今回は更にパワーアップしてます。特に間切らへん。
ちょっとずれますが、うちの滝は三木が大好きです。そしてうちのこへ仙は仙こへと間違われるほどに仙蔵様が小平太大好きです(ホントにズレてるよ)