ちろるちょこ♥大作戦! ―――Missions2 side:不破大地
昨晩水野からの指示における計画の第一段階を完了した俺は帰宅後すぐに入浴し、早々に床についた。初めて挑戦する出来事なだけに、備えられる場合は備えておくことが成功の秘訣ではないだろうか。睡眠不足は明瞭な思考を妨げる。ついでに体力も無駄に消耗するので、意味の無い夜更かしは得策とは思えなかった。
指示内容には思考力を必要とする内容は特に記されていなかったようだが、計画の第三段階あたりではそれなりな体力を必要とするかもしれん。失敗を避けるためにも、無難に就寝すべきだろう。
そして俺が目を閉じ、闇に意識を溶かそうとした頃───
「入るぞ、大地」
唐突に部屋のドアが開き、無遠慮且つ無機質、それでいて何やら楽しげな声音が俺を覚醒させた。
「……なんだ? 京介」
断りも無く点けられた蛍光灯の明かりに、ベッドからゆっくりと上体を起こし半眼で闖入者を見やる。
ノックもなく俺の了解も得ずに部屋へと足を踏み入れてきたその男とは、俺のはとこである黒須京介だった。周囲から言わせれば、俺とは双子のように似ているらしい。
奴は自身が大富豪であるにも関わらず、何が面白いのかよくこの家に泊まりに来ている。金さえ出せばここより興味深い物件になど幾らでも泊まれるだろうに、出す金があるにも関わらずだ。
あまりに頻繁に顔を見せるので、最近は居てもあまりまめな対応をしていなかったのだが。
「見てのとおり、俺は既に睡眠を取ろうとしている。理由は明日は大事な用事があるからだ。お前にはそれを妨げるほどの用事でもあるのか?」
簡潔明瞭に説明口調で問えば、京介は仁王立ちのまま頷いてきた。
「無論だ、大地。でなければ既に就寝している他人を起こすようにはた迷惑なことなどせん」
「お前は常に何かしらどこかへ迷惑を振りまいている気がするが」
「お互い様だろう、桜上水中学のクラッシャー」
「確かに反論出来んが。───それで、用件はなんだ? 手短に話せ」
簡単な問答の後、京介は面白そうに口の端を吊り上げた。同時に、部屋へ入ってきたときから持っていたらしい大柄なジュラルミンケースをマホガニーの小机に置く。ちなみにその小机はかなり年季の入ったアンティークで、数十万はする代物だそうだ。京介はよく俺の部屋に出入りし、その際に勝手に私物を置いていくのだがこの小机もその一つである。色合いと彫刻が気に入って購入したらしいのだが、最近のものとは違い折り畳んで収納することが不可能なのでそのまま部屋に据え、俺も日常的に使っている。…個人的には早めに持ち帰って欲しいのだが。
「金か?」
「いや。むしろお前を金で動かせるのなら願ったりだ。幾ら払おうが黒須グループに引き込む」
「興味は無いな。で、中身は」
「服だ」
「……服?」
「服だ」
はとこの放った唐突な言葉に、思わず鸚鵡返しに聞き返す。繰り返す京介は俺の反応に満足したのか頷き、ケースの鍵をいじりながらこちらに向けて手招きをした。
とりあえず布団を除け、小机のそばまで歩いていけば京介がケースの蓋を垂直に固定したのが見える。その中には、彼の言うとおり服らしき布地がいっぱいに詰められていた。
「───確かに服のようだが、ジュラルミンケースに入れるような代物では無いんじゃないか?」
「甘いな大地、これはジュラルミンではなく超々ジュラルミン製ケースだ。最近銃で狙われることも少なくなくてな、硬ければ硬いほど良いが色々と限度もある」
「そんなことはどうでもいいが、その服を俺に見せるためだけに深夜わざわざ起こしに来たのか?」
「いや、見せるためだけではない。選ばせるためと試着させるためでもあるな」
「…俺がか?」
「お前のためにデザインさせたんだ、当然だろう」
ますますもって意図の分からない京介の台詞。どうしたものかと眉を寄せて立ち尽くしていると、彼はケースから色々と引っ張り出して広げては俺に合わせ、首を傾げたりぶつぶつと呟いたりしながらなんでもないことのように言った。
「大地、お前は明日バレンタインデートなのだろう」
その言葉を聞いた瞬間は意味が分からず、数度眼を瞬かせる。しかし京介の言う『バレンタインデート』というのが明日渋沢と出かけることを指していると気付くと、自然ため息が漏れ出る。
「そのことはつい数時間前に電話で決定したことだが、お前が知っているということは…盗聴か?」
「いや、少々裏の仕事の関係である電波を傍受していたのだが、偶然お前の携帯による会話内容もキャッチしてな」
「結果的には変わらんだろうが」
「まあ悪かったとは思うが、聞いてしまったものは仕方が無いだろう。───とりあえず、私はお前が明日恋人と出かけることを知った」
「それがお前と関係あるか?」
「いや。だが最後まで聞け」
「…なんだ」
「私はお前が明日恋人と出かけることを知った。そして私は、お前が一般常識を知らんことも知っている」
「…何が言いたい」
お前に言われたくはない、という台詞を飲み込んで、俺は敢えてそう問うた。その言葉に京介は俺と視線を合わせ、やたら不敵に笑む。
「では聞くが、お前は明日幾らかでも着飾ろうという気持ちがあったか?」
「……」
答えはノーだ。というより、そもそも考え付きすらしなかった。見た目を飾り立てることに何の意味がある?
沈黙で答えた俺に、やはりなと嘆息を交えてはとこが呟く。
「予想通りだ。確かに私も周囲から言わせれば非常識らしいが、恋人と出かける際には僅かでもめかし込むべきだということくらい知っているぞ」
「…それは、知らなくて悪かったな」
「私に謝っても意味がない。むしろ相手が可哀想だな、飾らぬ恋人も素朴で良いかもしれんが」
再度ケースを引っ掻き回しながら言う京介に、なんとなく決まり悪い思いを感じて唇を噛む。
確かに、今まで渋沢と会う際に敢えて服装に気を使ったりしたことはない。それに意味を感じることもなかったし、不都合とも思わなかった。服装がどんなであろうと俺は俺であり、むしろ飾り立てた外見を好かれることのほうが虚しいのではないだろうか。
黙したまま答えない俺の心中を見透かしたかのように、視線はケースに向けたまま京介が囁いた。
「しかし、より美しい恋人を周囲に見せびらかしたいというのは男の性だ。自分が意味を感じるかどうかではなく、相手のために着飾ってみるという気はないか?」
「そ、れは…」
「しかも明日は、よりによって聖バレンタインデーだぞ。普段とは少しばかり違うはずだ」
京介の言葉に、はっとする。そう、明日はバレンタインデーなのだ。
この件に対する俺自身の状況を忘れてはいけない。俺は明日という日に対し、周囲からの情報に頼るしか術が無いのだ。この際自身の中にある知識は忘れ、一般的なバレンタインというものに対する認識を取り入れていかなくてはならない。
俺と同じくらい非常識ではあるが、大企業の会長という立場上俺よりは世慣れしている京介の言葉は信じておくべきだろう。世間では、バレンタインデーは着飾るものなのかもしれない。
ふと京介が振り向き、俺と視線を合わせる。数秒見つめあった後、彼がふっと表情を緩めた。
「とりあえず納得したようだな」
「ああ。この件に関しては、俺は何も分からないからな」
「謙虚で良い姿勢だな。しかし相手が私だから今はいいが、真実と虚偽を見極めて吸収するよう気をつけろ」
「そうだな、覚えておこう」
「では早速、これとこれを着てみてくれ」
ばさりと超々ジュラルミンケースから出した衣類を投げられる。
「今か? 明日の朝ではいけないのか」
「私に時間が無い。お前はセンスはあるが黒しか選ばないからな、明日のぶんは私に見立てさせてくれ。以前からお前のためにオーダーしていた服だ」
「……了解した」
そうして、はからずも京介の 夜中の着せ替え遊びが始まった。
手品のように次々と出てくる服を見ながら、ふと問うてみる。
「何故お前が俺に協力する?」
「───そうだな…」
俺の言葉に京介は一瞬手を止め、遠くを見るような目付きを見せた。
「自分のために着飾ってくれた恋人の愛おしさが、嫌というほど分かるから…かもしれん」
:::*:::*:::*:::
結局その晩、京介はかなりの試行錯誤ののち決定した服装一式を置いて部屋を出ていった。
翌朝も俺が起床するとスーツ姿で現れ、どの服から着るか、このアクセサリーはどこにつけるか、挙句完成図のようなものまであれこれと詳細な指示の書かれたメモを俺に渡し『また泊まりに来る』という言葉を残して去っていったはとこは、本日俺と同じく恋人と出かけるらしい。行きがけに『この近所の花屋はどこだ』と聞いていったからには恋人へ花束でも贈るのだろうか。
もしかしてバレンタインデーには、チョコレート以外に花を贈るべきなのか?
花屋のそばを通る際にしばらく迷ったが、判断材料が無いので結局危ない橋は渡らないことにした。
本日の俺の格好は、上着から鞄から全て京介が見立てたものだ。俺は普段ほぼ黒しか着ないのだが、それは他の色が嫌いなのではなく単に無難だという理由である。我がはとこは『バレンタインくらい普段のイメージを払拭してみろ』と、オフホワイトを中心にし、要所要所をセピア系の色で纏めたコーディネイトにしたようだ。『蛍光色なぞ着ているお前は想像するだに恐ろしい。せめてパステル系にしておけ』などと言われたのだが、確かにそうかもしれん。───といいつつ、自分でもよく分かってはいないのだが。
ショーウィンドウに白っぽい人影が写るたび、隣に誰か立ったのかと勘違いするほどに慣れない服装で待ち合わせ場所までの経路を辿る。
忘れたものはないだろうか? 何か手落ちはないだろうか?
らしくもなく、恐らく杞憂に終わるであろう考えが脳裏をよぎる。
「……いかんな」
気持ちを切り替えねばならない、これから第二のミッションが待っているのだから。
携帯電話を取り出し、水野からのメールを再度確認する。
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〜
・ミッション2
話しかける。
(自然、尚且つ元気に!)
〜
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自然に話しかける、ということになんら問題はない。普段も普通にこなしていることだ。
問題は、『元気に!』という部分である。
俺の場合、藤代や風祭のように普段から元気さを表現するようなタイプではない。故に、『自然』に話しかければ『元気に!』という部分が実現せず、『元気に!』話しかければ『自然』でなくなるのだ。
どのようにしても達成困難であろうこの任務に、自然と眉が寄る。こんなことならば、昨夜のうちに京介に助言を乞うておくのだった。
そもそも『元気』というのは、この場合健康で勢いのよい状態を指す。俺の場合健康面には何も問題無いが、勢いがよいかと問われれば首を横に振らざるを得ないだろう。
そもそも、水野が計画第二段階において『自然』であること、そして『元気』であることを要求した理由とはなんなのだろうか。
『自然』である必要とは、普段自然にこなせていることが今日だけ不自然であった場合、計画に気付かれる恐れがあるということだろう。
そして、『元気』である必要性…本日の健康状態が良好であると相手に示しておけということだろうか? しかし何のためにそんな必要があるのか。
考え込みながら足を進めていたら、知らぬ間に待ち合わせ場所へ到着していたようだ。
今回の集合地点は、桜上水と松葉寮の、どちらかと言えば松葉寮よりの中間点にある小さな公園のベンチということになっている。渋沢は自分のほうに近い待ち合わせ場所になるといつも『遠出させてごめんね』と謝るが、自分のほうが遠い場合は何も言わない。
入り口の円柱の手前に立って視線を巡らせば、俺の待ち合わせ相手は既に到着済みのようだった。晴れてはいるが寒空の中、渋沢は公園内唯一の陽だまりとなっているベンチに腰掛け、呼気で自らの手を温めている。
自前の茶色い髪が陽光を反射し、その場所を眺めていた俺はふと、渋沢のいる場所だけに光が集まっているような錯覚に襲われた。
「……し…・ぶ、」
咄嗟に声をかけようとして、はっと思いとどまる。今日渋沢に向けて発する最初の言葉はミッションなのだ。指示内容を脳裏で反芻したが、結局上手い案が思いつかなかった。
(───仕方ない…)
とりあえず、指示内容の中でも遂行優先順位があるはずだと思い直し、しばし思考を巡らす。
今日はバレンタインデー。バレンタインデーとは、普段と少々違うらしい。京介の言葉、『バレンタインくらい普段のイメージを払拭してみろ』。そしてこの計画はバレンタインのためのものだ。
結論。
今回は『元気に!』が優先され、『自然』が後になるはずだ。
自らで導き出した結果をもとに、すっと息を吸ったのちにぱっと駆け出す。先ほども言ったが、『元気』とは『健康で勢いの良い状態』を指す。
『健康』という条件は満たしている俺の場合、
───足りないのは『勢い』だ。
「……あ、不破く───」
「おはよう元気か渋沢っ!」
足音を潜めるでもなく一目散に走っていけば、当然の成り行きとして渋沢が俺に気付いた。何故か驚いた表情になった後、ぱっと笑顔になり名を呼んで立ち上がろうとした彼に構わず、『勢い』を殺すことなく『話しかけ』ながらそのまま渋沢の上体に思い切り飛びつく。
中途半端な体勢のまま俺に飛びつかれた渋沢は、これまた当然の成り行きとして思い切り後ろに転んだ。
『……』
倒れこんだまま、しばし二人とも動かず見詰め合う。
「───ど、どうしたの不破くん…?」
「いや、今日は『元気に!』話しかけようと思ったまでだ」
「…げ、『元気に!』 って…?」
尻餅を搗いた渋沢はとりあえず上に乗ったままの俺を立たせ、自分も立ち上がって二人分の土埃を払った。
その横顔から察するに、計画第二段階目はなんとか成功したのではないだろうか?
どのような結果になれば任務を完遂出来たことになるのかは想像でしかないが、抑えきれないと言った風な笑みがこぼれる表情からすれば、プラスの結果となったような気がするのもあながち間違ってはいないだろう。
さて、次は『自然』だな。
「改めて、おはようだ渋沢。会えて嬉しいぞ」
「…うん、おはよう不破くん。俺も嬉しいよ」
今回学習したことは、『元気』という状態が俺にとっては極めて難しいということだろうか。世の中の『元気』な挨拶をする人間は、いつもこんなことをしているのか?
さすがに普段は真似出来んが、たまになら───良いかもしれん。
はいもう気のせいどころじゃなく長い不破くんサイド秋野です。
なんで私の番になるとえらい勢いで長くなるんだろねー…
しかも京介出てきちゃったよ! 分からないひともいるかな? いやそれ以前にここ見てるひと某友人以外にいるんだろか(爆)
ていうか不破くん、毎回毎回やたら華々しく勘違いしまくってますな(笑) いやアンタそれ『勢い』って! 『勢いよく』って!!(爆笑)最後なんか違うよ!
タツボンは何の気なしに書いたであろう言い回しを分からない故に深読みしてぐるぐるしている不破くんって個人的にはかなり好きなんですがどうでしょう(どうなんだよ)
さーて今回で愛しの渋沢先輩がいよいよご登場ですきゃー!!(きゃーてお前)
で、タツボンサイド感想。
おお! どんどん跡部に似てきている!!(笑) 才色兼備てあーた…(笑)
しかもスゲェ、シリアスだ(笑) 私のがどこかズレた話なんで、余計に緊迫感ありまくりだな!(おぉい)
次回も楽しみにしています!
Date: 2005/05/16 秋野