「そう言えば、皆さんは演劇しないんですか?」
「……なんだって?」

 それは、ある日の朝のこと。
 金欠を補うために日々各地を闘い歩くドラゴン軍(仮)のリーダー、小間はいつもの如くテレポートを頼みにビッキーのもとへやってきた。この間違いテレポートで度々メンバーを死地に送り込んだりするお騒がせ娘の口から今朝発せられた言葉がもとで、彼はこの後予想すらしなかった事態を体験する羽目になる。




演劇大作戦


「そんな唐突に演劇だなんて、どうしたんだい?」
「うーんと、私、前にもこういうところにいたことがあった気がするんですよ」

 気を取り直して改めて問う小間に、彼女は地顔のとぼけた表情で小首を傾げ、随分と曖昧で何が言いたいのか良く分からないことをのたまった。
 小間もその意味を図りかね、微かに怪訝な顔をする。ビッキーはそれに気付かず、言葉を続けた。

「それでですね、そのうちのいつだったかな。そこにいたとき、皆さんが演劇をしてお金を稼いでいたんです。だから、ここの皆さんはやらないのかなって」
「演劇でお金を…?」

 はっと考え込む小間。ビッキーは相変わらずのぽやんとした笑顔で話し続けている。

「私はなんでだか観るだけで、頑張って演技してる皆さんに申し訳無かったですけど。結構お金は入るみたいですよ」
「………」

 彼女の言葉を聞きながら難しい顔をして俯いていた小間は、最後のせりふを聞いて意を決したようにビッキーに向き直った。

「ありがとう、ビッキー。この貧困から脱出する希望が見えたかもしれない」
「それは良かったですね!」
「うん。とりあえず今日の遠征は中止にするよ、君も休んだらいい」
「わぁ、ありがとうございます」

 毎日朝から晩まで立ちっぱなしのテレポート役に休憩を告げ、彼は踵を返してデスモンドに声をかけた。

「デスモンドさん、すみませんがリノさんとエレノアさん、それからキカさんに至急作戦室に集まるよう言ってもらえますか?」
「は、はい。…至急とは、何かあったのですか?」
「いや、そういうわけじゃ無いけどね。これからの金策に関する方針の変更について会議をしたいんだ」
「はぁ…、分かりました」

 分かったような分かっていないような顔をしながらも、デスモンドはその場を去る。それを見送り、小間は作戦室の扉を開けた。


***


「……演劇だって?」

 あれからデスモンドにより呼び集められたドラゴン軍(仮)の幹部たちは、現在作戦室の真中で椅子にかけ、机を囲んで話し合っていた。
 小間が先程ビッキーから聞いた話に自らの意見を組み合わせ、他の面々に説明すると、飲んだくれではあるがその才は確かな軍師、エレノア・シルバーバーグが唸った。

「はい。ビッキーの話がいつのことかは分かりませんが、今現在の状況を考えてみると、戦のせいで島々は娯楽に乏しい状態です。クールークに立ち向かう自分たちの道標と考えている僕たちが興行を行えば、それなりに受けるんじゃないかと」
「そうだね…」

 エレノアは酒瓶を片手にしながらも、微かに考え込む。
 しかしそこで、いつもはお祭り騒ぎというと結構乗り気になるリノ・エン・クルデスが声を上げた。

「ちょいと聞くが、小間」
「はい」
「金を稼ぐ手段を演劇に切り替えるとしてもだ。
 今のやり方───ひたすら戦うことと比べて、町々で興行を打つことのメリットはあるか? 今までに慣れ親しんだ剣を鈴に持ち替えるのを、嫌がるヤツもいるかもしれないだろう?」

 リノは口の端を上げつつも、思いのほか真剣な瞳で小間を見つめている。エレノアも先程沈黙したあとは、こちらを見ていた。キカに至っては、腕を組んだまま小間がどう答えるのかと見守っている。
 試されているのだろうと、小間は思った。

「……それは、確かにこれだけで進めていこうとすれば必ず不満は出るでしょう。
 ですから、演劇に切り替えるというよりは、各地での戦闘と興行を並行して進めようと思っています。もし、可決されればですが」
「…続けてくれ」
「演劇組と戦闘組をそれぞれ週代わりくらいで編成し直し、どこかの島に上陸して毎日興行と戦闘を行います。
 それによって、少なくともこれまでよりは収益があると見込んでいます。単純に考えて、今までモンスターとの戦闘のみだったのに加えて陸で興行を打ちますから。
 でも、興行が上手くいけば少しずつ各地での戦闘を減らしたいと思っています。それから───」
「他にもあるのかい?」
「ええ。まず戦闘では無い場でお金を稼ぐということは、これまでサポートだった人たちにも活躍の機会があるということです。
 戦闘組のサポートに行かない人たちは、結局船の中ですることがありませんし、その点人材を有効に使えます。エチエンヌさんなんか、そちらの方が向いていると思いますし。
 更に、僕たちが陸で演劇のような娯楽を提供するこということは、つまりそれだけ余裕があると島民に印象付けられます」

 一気にそこまで喋り、小間はいったん言葉を切った。居並ぶ面々の顔を見渡すと、皆が彼を見つめる中でリノが口を開く。

「……まだ、言いたいことがあるんじゃねぇのか?」

 その言葉に、小間は目を伏せてゆっくりと頷いた。

「───それから、演劇に力を入れ、逆に戦闘を減らすことによって、…兵の消耗を抑えられ、また街で士気を高め新たに志願兵を募ることが出来ます」

 いくら自分や宿星の戦士たちが戦に練達しているとはいえ、そうでない戦闘員も大勢いる。慣れた戦闘と言えども取り返しのつかない大怪我をすることや、最悪の場合命を落とすことすらままあるのだ。クールークとの最終決戦になるであろう戦いを控え、その準備のために金策に追われる今、少しでも戦力を失う危険は避けたい。
 そう小間が説明すると、リノは豪快に笑い、エレノアは嘆息し、キカは口の端で苦笑した。それを見て、彼は困ったように微笑む。
 皆、その言葉が建前であるということを知っているのだ。確かにそれもあるが、小間がただ何よりも、仲間を失いたくないと考えていることを。
 軍という場所にはいささか甘いであろうそれを理解してくれ、そして許してくれる仲間たちだからこそ、小間は前に進むことが出来るのだ。
 和やかな雰囲気に包まれた室内、皆の思いを解して小間は話を続ける。

「もちろん、今言ったようなメリットばかりではなくデメリットもあります。
 まず第一に、各地での戦闘行為を減らせばやはり実戦での勘が鈍るでしょう。これは確かに決戦を控えたこの状況では致命的ですが、これのためにローテーション方式にします。
 それからラインホルトさんに協力してもらい、訓練所での模擬戦闘を増やそうと思います。下手な弱小モンスターと戦って油断を招くよりは、しっかりとした実力を持つ仲間と鍛えあうことのほうがある意味では良いかもしれません」

 彼の言葉に頷き、エレノアが促すように言った。

「確かにそうだね。だが、一番大切なことを言い忘れてやしないかい?」

 小間は軍師に視線を向けると、肯定の返事を返す。

「そうですね。この方針に切り替えるということは、第一に───収入を期待できるほどの演技力を身に付けなければならない、ということです。
 ……容姿が良い悪いとかの問題は、あまり気にしなくてもいいかと思うんですが」
「ま、確かにこの船には無駄に顔だけ良いヤツもそこそこ乗ってるようだしね。ついでに言えば役者が美形でないと売れないなんてことは全く無い。そこらへんは小間の言うとおり問題無いさ」
「はい。それで、演技指導を誰かにお願いしようと思うんですが。誰か適役はいないでしょうか?」
「改めて考えてみれば、そんな奴乗せた覚えもねぇしな」

 リノも組んでいた腕を解き、小間やエレノアと心当たりを模索し始める。
 その時、今まで沈黙を保っていた女海賊のキカが静かに口を開いた。

「……私の部下はどうだろうか?」
「え?」
「皆一癖も二癖もある奴らだが、商売柄 命がけで他者を演じたりもしてきた。そういう意味では、ある意味でどんな役者よりも演技は出来る」
「あっ、そうか…・」

 キカの言葉に、小間ははっと顎に手を当てて考え込む。その間に、エレノアが納得したように呟いた。

「なるほどね…、命張っての騙し合いしてきた奴らの経験が、ここで生きるってわけかい。だったら、同じ理屈で忍者たちにも頼めるんじゃないのかい?」
「あー…、それは確かに……」

 それを聞いて、小間はかつてラズリルの港でアカギとミズキを見かけた時のことを思い出した。あの時は激しく不審に思ったが、今でもミズキの『なんでもないんですぅ』を思うとこめかみが引き攣る。確かに、あれなら何とかやってくれそうだ。

「ミズキの演技力は…僕も目の当たりにしたことがありますし。利用するみたいで嫌ですが、恐らく彼女は『命令とあらば』ってやってくれると思うんですよね」
「アカギはそっち方面は苦手そうだね。やはりミズキと…ケイトか」
「ケイトには…僕が頑張って頼み込んでみますから」
「部下には会議終了後、言っておこう」

 プロフェッショナルたちの名を挙げたあと、リノが再度腕組みをして声を上げる。

「それじゃ、まあ演技指導は後で交渉するとして。他の役割をどう分担するか、考えないとならんぜ」
「あ、それはもう考えてみたんですが」
「ほう、準備がいいな。書き出せるか?」
「はい」

 オベル王の言葉を受けて、小間は卓上の筆記具を手に取る。
 フィンガーフート家で、何かと必要になるだろうと読み書きは覚えさせられた。さらさらとペンを滑らせ、紙に必要事項を記入しながら口でも説明していく。

「僕の考えなんですが、乗船している者で、クルーは船の操縦や警護等を考え、基本的に起用しません。そこで、主に全宿星メンバーに役者としての稽古をしてもらいます。もちろん、ハルトさんのように常時船に不可欠な人は除外対象ですが。
 それから役者でなくともやらなければいけないことは沢山ありますから、やはり得意分野を活かして衣装はフィルさんに、大道具はトーブさんやガレスさんに、小道具は人魚たちに、舞台背景の配置はペコラさんに、特殊効果は紋章でビッキーやジーンさん、それとウォーロックさんにそれぞれ頼もうと思います」

 彼の説明に、顎に手を当てて俯き加減に思考していたエレノアが口を挟んだ。

「今あんたが言ったことはそれで良いが、演目や台本はどうするんだい? 得意分野で言えばペローだが、あれに台本を書かせるのはかなりどうかと思うね」
「……あー……」

 軍師のため息交じりのせりふに、この場の全員がかつて壁新聞で連載していた小説【ゆううつ夫人】を思い浮かべた。あんな内容を上演しようものなら、収入は見込めないどころか苦情が来そうだ。あの新聞記者、記事を書く腕は確かだが創作には向いていないらしかった。
 ふと思いついたように、考え込んでいた小間が顔を上げて提案する。

「じゃあ、ミッキーはどうですか? 確か【ゆううつ夫人】の後に連載してたじゃないですか」
「あれは事実はともかく、ラインバッハの武勇譚だろう? ミッキーに任せれば主役にラインバッハしか使えなくなる」
「……それは確かに……」

 またも考え込んでしまった小間。そんな彼を見やり、ふとリノが呟いた。

「別に、一から台本を作る必要はないんじゃないか?」
「え?」
「昔話とかをそのまま演るか、それをアレンジしたってそれなりに面白いと思うぜ」
「……あぁ!」
「ターニャあたりに聞けば、色々と参考文献出してくれるかもしれないしな」
「それ、いいです! それで行きましょう!」

 がたんと音を立てて椅子から立ち上がり、小間が何度も頷く。それを見て満足げに頷き返し、リノはエレノアに向き直った。

「さて、軍師さまよ。ここで決められることはあと何かあるかい?」
「まあ、興行場所はそれぞれ島のどこかを借りられるだろうし、最悪浜でやるか船の甲板でって手段もあるから心配は必要ない。
 ここで話し合うべきことはあらかた決めちまっただろうね。……小間!」
「はい?」

 女軍師に呼ばれ、小間は無意識にすっと背筋を正した。彼の海色の瞳を見据え、エレノアは言葉を紡ぐ。

「金策の方針を変更するのには、出来るだけ迅速な準備が必要だ。長引けばそれだけ、たくわえが消える。準備期間の目標は一週間、急ぐんだよ!」
「はい!」

 彼女の一喝に、若きリーダーは返事と共に駆け出していった。それを見送り、残った三人も頷きあって活動を開始する。
 船中に巡らされた伝声管に集合の声が響くのは、それからまもなくのことだった。


***


 結局、会議の中で挙げられたメンバーは全員役割を了承してくれ、根性丸内では早速興行のための準備が始まっていた。ちなみに脚本に関しては、是非アレンジを自分にやらせてくれとペローが願い出てきたので、作品の合否は別であるという条件で任せてみたら意外にもかなり良い出来で小間を驚かせた。

 船大工の部屋ではトーブとガレスが忙しげに木の板を組み合わせて大道具を作成し、その横ではフィルが自分の周囲めいっぱいに多種多様な素材を広げて針を進めていた。
 同じ階にあるアクセサリー工房では人魚たちが貝殻や骨、羽や角などを慣れた手つきで加工していく。また図書室ではターニャとペローが頭をつき合わせてあれこれと話し合いながらもっと脚本化出来るものが無いかと書物を物色し、装飾部屋を覗けばペコラが家具の選抜に勤しみ、そして甲板中央では台本片手にミズキやケイトが女性メンバーの、ハーヴェイ、シグルドが男性メンバーの演技指導をする姿が見られる。
 その脇ではエチエンヌがリュートを奏でて演技指導に貢献し、また舳先近くではビッキーにジーン、ウォーロックの魔法使い組が効果的な魔法の表現について実践も交えながら話し合っていた。

 普段見られない組み合わせが船の中のあちこちに見られ、喧騒も心なしかいつもより二割増しに聞こえる。皆が一丸となって何かに取り組むというのは、ある意味では初めてのことだった。

 演技指導を受けることをしぶった者ももちろんいたが、小間はそうやって協力を拒む全ての者のもとを訪ね、軍のために頼むと頭を下げて結局全員を了承させた。大多数はリーダーに頭を下げられて悩んでいるうちにリノにとっ捕まり、甲板へと送還されたのだが。
 ちなみにテッドへの決定打は『お金が無いと部屋が増やせないから、君の部屋にも数人入ってもらうと思うんだけど、それでもいいなら無理は言わないよ』、ヘルムートは『そのうちイルヤ島の生き残った人たちへの慰問にも行くんですけど、あなたはそれをしたくないんですね。……分かりました』である。頭を下げてはいるものの、実質的には婉曲な脅しだ。

 そして、エレノアの言った一週間が過ぎた。


***


 一週間前、きっかけとなる台詞を吐いたテレポート少女の前に立ち、演劇組メンバーを背後にして若きリーダーは決然と軍師に向き直る。

「さあて、準備は整ったのかい?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ、行っといで。…ヘマするんじゃないよ!」
「はい!」

 エレノアの激励に力強く頷いた小間を見て、ビッキーがゆっくりと公演地への転移魔法を発動させた。
 第一回の公演を行うは、ネコボルトや老人たちの住むネイ島。イルヤ島の生き残りが生活している島でもある。今後の評判を決めると言ってもいい初公演を、イルヤ島民への慰問と称し無償で行おうと決めたのだ。
 確かにそう決めた背後には様々な策が巡らされているが、根本には群島諸国の協力と団結のために訪れるという思いがある。
 イルヤの惨状、そして人々の顔。ついでに軍の懐状況を胸に、小間は転移の光へと足を踏み入れた。




アホの導入部…
いや、若かったんですよ。今よりも更に。
ヘルの人魚姫とかも書きたいなあ(自重しろや)